高松高等裁判所 平成3年(う)220号 判決 1992年4月30日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人田中重正作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官福岡晋介作成の答弁書に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴趣意一(事実誤認の主張)について
論旨は、要するに、原判決は、被告人が有限会社太陽の実質上の経営者であるDと共謀して本件犯行を行った旨認定したが、被告人は、暴力団二代目兵藤会幹部のEから依頼されて本件犯行に及んだものであるから、右認定は事実の誤認であるというのである。
しかしながら、記録を調査して検討すると、所論は、当審に至ってはじめてした主張であって、被告人は、捜査段階から原審判決に至るまで、一貫してDと共謀したことを認めて争わず、原審記録からはDが共犯者でないことは全く窺えないところ、被告人が当審で所論にそう供述をすることがやむを得ない事由によるものであるとは認められず、また、本件事案からすれば、共犯者がDではなくEであったとしても、そのことが明らかに判決に影響を及ぼすとも認められない。のみならず、当審における事実取調べの結果をあわせ検討してみても、原判示事実は原判決挙示の関係証拠によりすべて優に肯認できるところであって、原判決に所論のいうような事実誤認があるとは考えられない。論旨は理由がない。
二 控訴趣意二、三(量刑不当の主張)について
論旨は、被告人を懲役八月に処した原判決の量刑は刑の執行を猶予しなかった点において重きに失するというのである。
そこで、記録及び当審における事実取調べの結果により検討すると、本件は、被告人が、その勤務する会社の実質上の経営者と共謀のうえ、競売手続が進められていた同会社所有の土地建物に暴力団が介在していることを誇示して一般人の入札参加を断念させるべく、裁判所が同土地建物につき期間入札の方法による売却を実施するため書記官室に備え付けて一般の閲覧に供していた物件明細書等の綴りの中に、前後四回にわたって、「松山連合会二代目兵藤会、会長B」と印刷されたBの名刺八枚、「松山連合会理事長代行、岡本会、副会長・若頭C」などと印刷されたCの名刺八枚をそれぞれ挟み込み、よって、同土地建物に暴力団である松山連合会二代目兵藤会及び松山連合会岡本会内Cが介在している旨誇示し、もって威力を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした、という事案であるところ、暴力団の勢威を巧妙に利用して競売の公正を害する目的で執拗に行われた大胆不敵な犯行であって、現に、ある不動産業者において、競売に参加すべく前記綴りを閲覧した結果、暴力団の介在する物件であることを恐れて参加を取りやめることとした経緯もあり、結局、裁判所が売却実施命令の取消しを余儀なくされる等、実害も生じており、裁判所の権威を損なわしめ、民事法秩序の重要な基盤をなす競売制度の機能を害したものであること、不動産の競売については、かつて競売ブローカー等の不当な活動により公正が著しく害されていたことから、民事執行法の制定により、競売手続に一般人も容易に参加できるように期間入札制度等を導入して、是正策が図られたのであるが、本件犯行は、それにもかかわらず行われた新手の競売妨害行為であるうえ、暴力団又はその関係者により模倣されやすいものであるから、民事介入暴力を排除しようという社会的気運が高まっていることをも考慮すれば、軽々に許されるべきではないこと、被告人は、暴力団と関係のあった勤務先の上司の指示を受けて本件犯行に及んだものではあるが、一応は反省しているようであるけれども、残念ながら、真摯な悔悟の情を有しているものとは窺えないことなどの事情に照らすと、犯情はとうてい軽視できない。したがって、被告人が右勤務先を退職したこと、被告人の内妻が被告人を監督する旨約束していること、前科がないことなど、諸般の情状を十分斟酌しても、実刑をもって臨んだ原判決の量刑はやむを得ないところと認められ、それが不当に重いとまで断ずることはできない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官村田晃 裁判官山脇正道 裁判官湯川哲嗣)
別紙控訴趣意書<省略>